静岡旅行 日本平とヤマトタケル

国内旅行

結納を行うため静岡県、三島に向かう途中、高速を新静岡ICで降りて、日本平ホテルに寄りました。

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日本平とは

日本平(にほんだいら)は静岡市の駿河区と清水区の境界にあって、富士山や伊豆半島が駿河湾越しに見える景勝地です。

「日本平」の名称は日本武尊(やまとたけるのみこと)伝説に由来するのだそうです。

そこでちょこっとヤマトタケルについて調べてみました。

日本武尊(やまとたけるのみこと)

日本武尊は12代景行天皇の息子で、彼にまつわるいくつかの伝説が古事記の中で紹介されています。

 

双子の兄を殺害してしまう

父の景行天皇が、日本武尊に、双子の兄をたしなめるように言ったところ、兄をなんなく殺してしまいます。

景行天皇はその激しい気性を恐れ、ヤマトタケルが討伐して帰ってきても、次々と遠征を命じ、側に置かないようにしたと言われています。

熊曽征伐

当時、九州で一大勢力を誇っていた「熊襲建(くまそたける)」兄弟を征伐することを命じられ遠征し、見事熊襲建兄弟を倒します。

その時に熊襲建より「日本武尊」(ヤマトタケル)という名前を付けてもらったと言われています。

出雲建を倒し、大和に凱旋

その後、出雲地方(現在の島根県)を支配していた「出雲建(いずもたける)」をも倒して、大和(現在の奈良県)に凱旋します。

東方征伐に遠征し途中、天叢雲剣を授かる

休む間もなく、今度は東方征伐に遠征することを命じられます。

ヤマトタケルは遠征の途中、伊勢により、伊勢神宮に住む叔母のヤマトヒメから「三種の神器」の一つである天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を託されます。(のちに草薙の剣と言われる)

駿河に差し掛かった時、当時そのあたりを支配していた豪族に、焼き討ちに合うのですが、ヤマトタケルは天叢雲剣を抜き、周辺の草を薙ぎ払い、火の勢いを変え、逆に敵豪族を倒します。

この時の言い伝えにより、静岡市内に「草薙(くさなぎ)」そして、日本武尊が敵を焼き討ちにした地を「焼津(やいづ)」と呼ぶようになったといわれます。

また、天叢雲剣は、草を薙いで敵を倒したことにより「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼ばれるようになりました。

そして、有度山頂上部もいつの頃からか、「日本平(にほんだいら)」と呼ばれるようになったようです。

 

現在も日本平(日本平ホテル敷地内「日本平美術館」駐車場)に、「三種の神器」の一つである草薙剣(天叢雲剣)を手にした日本武尊像が建っています。

日本平ホテル

日本平山頂にあるのが日本平ホテルです。

一度は見てみたかった日本平ホテルのテラスラウンジからの眺望、

広大な庭園と青い空、そして富士山に駿河湾、伊豆半島まで見渡せる雄大な風景。かつて、日本一の景勝地といわれただけのことはあります。

視線の先には富士山があるのですが、雲に隠れて残念!

この上ない開放感につつまれながら、ケーキセット(1280円)をいただきました。

景色を眺めていたら、スタッフの方が望遠鏡を貸してくださり、景色の説明など気軽に声をかけてくれました。

日本平ホテル

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